天然色素と機能性
本サイトで解説しているように、アントシアニンやカロテノイドといった動植物が産生する物質を、人間は食品や衣料などを着色する天然色素、天然染料として利用してきました。
しかしながら最近は、これらの物質は単に色付けだけでなく、身体に対するポジティブな効果が注目されるようになり、機能性食品素材の一つの分野として知られるようになってきました。代表的なものとしてはアントシアニンとしてブルーベリー・ビルベリーアントシアニンやカロテノイドの一種であるルテインの眼への機能性、フラボノイドの一種のウコン由来のクルクミンの肝機能への機能性などがあげられます。
2017年に始まった機能性表示食品制度の中で、天然色素を機能性成分としている食品として、下の表に示したようなものが既に届出・販売されています。
ではなぜ、これらの天然色素には機能性があるのでしょうか。近年の研究の進展によりいろいろなことが分かってきました。
ここではなるべく分かりやすいように説明したいと思います。
1.色とは?
そもそも色が見えるというのはどういうことなのでしょうか?
普段私たちは何気なく眼で物の色や濃淡を見ていますが、色とはそもそも何でしょうか?
一言で言うと、色というのは、物に光が当たってはね返ってくる、つまり反射した光の様々な様態のうちの一つで、私たちの眼で感じられるもの、ということになります。ご承知の通り、そもそも光がなければ色を見ることはできません。
では光とはいったい何でしょうか?
通常、光というと7色の光が思い浮かびますが、実は光とは下の図にあるように様々な波長の電磁波のある限られた範囲のことです。色としてヒトの眼に見えるのはそのわずかな部分にすぎません。
色の違いは、右の図のように光の波長の違いとして現れます。そして、物に光が当たった際に、その物の性質によって特定の波長の光が吸収されて反射しなかったり、逆に吸収されずに反射することで、眼に見える色は様々な色になります。
例えば植物の葉は通常、私たちにとっては緑色に見えます。
それはどういうことかというと、太陽の光などはあらゆる電磁波が含まれています。その中から植物は、光合成のために赤色と青色の光のみ吸収し、それ以外の光は反射する特徴があります。
その結果、赤色と青色を差し引いた残りの光(緑色)が反射され、私たちには緑色に見える、ということになります。
またミカンやリンゴなど赤色や黄色の植物や果物などがありますが、その色の本体であるカロテノイドは紫色~青色~緑色の光を吸収する特徴があるため、それらを差し引いた残りの光である赤色や黄色の光が反射して私たちに見える、ということになります。
2.機能性成分としての天然色素
機能性成分としてよく使われている天然色素としては、右図のようにアントシアニンとカロチノイドに大別できます。
アントシアニンは植物の葉、根、茎、果実などに含まれていますが、もっともよく知られているのは眼に対するブルーベリーの機能性です。
またカロチノイドは植物と一部の微生物(藻類)に含まれる色素で、βカロテンがあり、その機能性も昔からよく知られています。
しかしながら植物は私たちの健康のためにこれらの成分を作っているわけではありません。ではなぜ植物はこれらの物質を作っているのでしょうか?
現在では以下のように考えられています。
①虫や動物・鳥などの注意を集め、花粉や種を他の場所に運んでもらい、子孫を残すため。
②置かれた環境から与えられるストレス、例えば光、乾燥、栄養分、気温などから身を守るため。
このうちの②が、今回のテーマと関わりがあります。生物が成長や発生、生殖のために作る物質、例えばタンパク質・アミノ酸や糖類、有機酸などは一次代謝物と呼ばれています。しかしながら植物はそれだけでは生き残ることが困難です。なぜかというと、植物は周りの様々なストレスから移動して逃げることができないため、なんとかその場に留まって身を守らなければなりません。そこで植物が自らの身を守るために様々な物質を作ります。それを二次代謝物と言い、アントシアニンやカロチノイドはその中に含まれます。
ではアントシアニンやカロチノイドは、植物のどのようなストレスから身を守っているのでしょうか。
その一つが、色の元となっている光を含む電磁波です。私たちは電磁波を通信や加熱、あるいはレントゲンや殺菌などうまく利用して生活に役立てていますが、その一方でガンマ線やX線、更には紫外線の利用には注意が払われているかと思います。その中の一つ、紫外線は適量であればビタミンDの生成に関わったり、セロトニンという感情を整えるといわれるホルモンの分泌を促したり、殺菌作用などよい効果がありますが、一方で浴びすぎると生物の細胞や遺伝子を傷つけてしまい、細胞死やがん化を引きおこす元にもなります。それに対して動ける生き物は物陰に隠れたり夜間活動するなどの手段がとれますが、植物にはそのようなことはできません。
そこで植物が自らの身体を守るために作っているのがアントシアニンやカロテノイドです。ではこれらの色素はどのように働くのでしょうか?
例えばアントシアニンに光が当たると、下の図で言うと500~530nm付近の光(紫~青~緑)を吸収して、それ以外の光を反射するために赤色に見えます。しかしながらアントシアニンが吸収する光(電磁波)は実はもう1カ所あります。それは250~300nmの波長の光、要するに紫外線になります。つまり、アントシアニンが紫外線を吸収することで、他の組織に過剰な紫外線が当たるのを防ぎ、身を守っている、と言えます。
同様にカロテノイドも、色としての吸収部位の他に紫外線に相当する波長の光を吸収する性質があり、アントシアニンと同様の働きをしていると考えられます。
またこれらの色素は別のやり方でも植物を守っています。
紫外線やストレスがなぜ植物に悪影響を与えるかというと、もちろん直接的にそれらが細胞や遺伝子を傷つけることもありますが、それらにより作られた活性酸素がダメージを与えることも知られています。
では活性酸素とはなんでしょうか。活性酸素はその名の通り、”活性化された酸素”を指します。酸素自体は生物の呼吸に欠かすことができないとても重要な物質ですが、紫外線やストレスなどのエネルギーが与えられると、元々反応性が高くない酸素が不安定で反応性が高い状態になります。それがいわゆる活性酸素で、一般的には三重項酸素が励起(エネルギーを受けて)してできる一重項酸素(1O2)、酸素が一電子還元されたスーパーオキシド(O2–)、このスーパーオキシドが不均化して生じた過酸化水素H22、そしてこの過酸化水素から生成するヒドロキシラジカルHO・の4種類のことを示します(右上図)。
活性酸素というととかく悪いイメージを持たれがちですが、私たちの身体は実は、活性酸素を細胞伝達や免疫機能を発揮するための重要な物質として作り使っています。従ってある程度の活性酸素は必要なのですが、過剰になると細胞や遺伝子を傷つけ、がんや心疾患、また老化の要因になると言われています。
そこで登場するのが、植物が作る色素です。植物が紫外線やストレスなどのエネルギーにさらされると本来は中の酸素が活性化してしまうところを、色素は自分が身代わりになって過剰なエネルギーを吸収、分解して、活性酸素を通常の酸素に戻す働きがあります。そして結果的に体内の活性酸素の発生を抑えるのです。すなわちこれが「抗酸化」作用です。
このように本来は植物が自分の身体を守るために作る成分を、自分ではこのような抗酸化物質を作ることができない私たち動物は、こうした植物の抗酸化作用に注目し、自らに取り入れることで健康維持に役立てるようになりました。上述した、機能性表示食品になっている天然色素の機能性を見ても、そのほとんどが肌や身体に対する抗酸化性を取り上げています。これまで天然色素は色付けの機能のみに注目されていましたが、そもそも色を呈するということがなにかという研究が進むにつれて、私たちの健康維持に役立つことがわかってきて、そして現在はその恩恵を受けている、ということになります。
天然の色素成分には実はこのような奥深いストーリーが隠れています。
色付けのためだけに作られたいわゆる合成色素と比べて、天然色素は生き物を守るために作られたものであること、また確かに安定性でかなわない、退色しやすことなどはありますが、それは裏を返せば色素が周りを守るために身代わりになってストレスを引き受けているという証でもあります。
そのような眼で見直してみると、天然色素の退色という困りごとも今までとは少し違った目で見られるようになるのではないでしょうか。